湖面監司使を以て安を問ふ
俠徒が新元寺に着して後數日、老官人あり、數名の童僕を從へ、黃昏不意に一行を訪
ひ到る、彼れ優優然轎より出でゝ堂に上り、徐ろに來意を述べて曰く、鄙官は公州の
廢吏、觀察使の命を奉じ、特に諸豪傑を來り候する者なり、今諸豪傑猛暑を犯して敢
然異鄕の羈旅に從ふ、或は恐る身心其困憊を極めて、寢食共に穩かならざる者あら
んことを、況んや山中の荒房、佳菜なく佳肴なし、何人か是に至つて能く衰瘦を免れ
ん、我觀察使乃ち諸豪傑の鬱悶を察し、不敬の罪を顧るの暇なく、鄙官をして玆に村
酒一壺、牛肢十斤を進獻せしむ、笑納して補氣の用に充てらるゝを得ば幸甚と、序辭
極めて謹嚴叮嚀なり、俠徒亦久久にて珍味に有り附得たるを悅び、厚く使者に禮し
懇談して之を返へす。蓋し觀察使が斯くの如き處置に出でたる所以の者は、彼れ
頃ろ俠徒が全州に於ける無敵の大飛躍を傳聞し、其容易の敵に非るを思ひ、乃ち▣
に歡迎の意を表顯し、以て自家管內に於て平穩なる行動を取らしめんことを冀望
したるに在らん、其統治の、手段に缺きたるは、全州の監司と何の擇ぶ所なし