俠徒書を留めて縣令を諭す
俠徒旣に沿道所在の勅諭諭告を剝ぎ去つて民心恐惶、事直ちに巁山縣令に聞する
に至る、縣令愕然下吏に命じて曰く、汝速に去て勅諭諭告の類を取返し來れ、然らず
んば吾廳中の官人、上下を論ぜず皆族滅の嚴刑に處せられん、汝若し命を全ふする
能はずんば、我先づ罪を斷じて汝の頭を刎ねん、去れ、速に去つて命に盡せよと。下
吏卽ち空を飛んで俠徒の許に走せ到り、頻りに哀訴して曰く、諸豪傑、願くば我に大
國皇帝北洋大臣の諭告を返附せよ、是れ實に我衛門數十百人の死命に關するもの
也若し夫れ之に添附せる朝鮮官府の諭達(此諭達亦俠徒の剝ぎ去る所、其文淸國に
對して奴隷的恭順を悉せり)に至ては諸豪傑の取り去るに任ず、唯海山の寬仁を以
て我等の哀願を容れられんことをと。俠徒は固より他の衷情の頗る憐むべきを
知る、然れども其痴心の到底言詞を以て打開すべからざるを思ひ筆を執り、事由を
書して之を使人に附し、提べて縣衙に歸り去らしめんとす、其書に曰く
縣令足下、足下にして若し眞に朝鮮社禝の臣たらば、何ぞ乃ち爾く恭順に胡人の
命を奉ぜんとはするや。嗚呼足下は獨り胡人が其版圖に非る箕封に向て諭告
を發するの深意を知らざるや、是れ實に狼呑の端を示す者なり。足下若し之を疑
はゞ、之を彼の使臣袁世凱年來の一擧手一投足に看よ、其傲岸にして大君主を凌
壓し兇暴にして滿京の將相を小兒視する邊、豈朝鮮に善意ある者の爲す所認と
むるを得べけんや、而も足下の智未だ之を洞察するに至らずとせば、足下も亦憐
むべきの痴漢なり
天の暴胡を惡むや久し、我徒乃ち天意を遵奉して爰に其諭示を裂く、蓋し朝鮮を
敬重するの餘情激して此處に到る者なり、萬一罪ありとせば、其罪は總て我徒の
上に在り、我徒亦喜んで其罪に服すべし、足下何ぞ此事と相關せん、況んや足下の
下僚をや、足下若し我徒の言ふ所を捨てゝ顧みず、敢て憤りを其使人に漏らすあ
らば、上天遠からず我徒を驅つて、罪を足下の頭に問ふべし、足下之を諒せよ
天俠徒一同 敬具
使人は此書を受取りたれども、中心尙ほ頗る安んぜざる所やありけん、泣いて而し
て諭示を取り返さんと乞ふ、之を慰諭すれば彼益益哀號し、終には地上に倒伏して
慟哭嗚咽の醜を極め、路人の笑罵を受るも猶ほ依然として其醜狀を悛めず。韓國
官人の痴愚、今に至て猶ほ槪ね斯くの如し