嗚呼是れ天佑なり
此日城中守備法の嚴重なる、西門樓より其附近の壘壁に至る迄、悉く兵士を以て配
置せられざる所なし、故に彼等にして聊かなりとも兵士らしき勇氣を存するあら
ば、よし其街頭の交戰に於て少しは敗を取るも、俠徒の城を出で遠く走るに方つて
背後より之を狙擊せば、西門外は一帶に水田なり、一帶に平地なり、一望十里の地勢
中、纔かに一路の北に向つて通ずるあるに過ぎず、眼下極めて分明、豈に終に一個の
敵をも其銃丸を脫せしむる事あらんや、然るに街上戰鬪の開くるに及び、壘頭多數
の兵は戰戰競競として直ちに其壘を下り去り、偶偶其處に殘留せる者は毫も裝藥
の用意を爲さず、唯茫然として兩者の鬪狀を傍觀せるのみ嗚呼是れ眞に俠徒に對
する天佑にあらずや、天佑か、天佑か、天佑は終に俠徒をして彼の如く鬼神も三舍を
避けざるべからざる豪快の活動を演ぜじめたるなり