再擧して觀察使を擒にす
時澤の歸つて狀を同志に報ずるや、同志皆憤慨して營門打破を主張せざるなし、進
擊の準備は是に於て大に急がしめられたり、準備已に成る、田中、內田、大原等八九名
は、怒髮冠を衝くの勢を以て、直に營門に向つて馳せたり、一同やがて門前に至る、是
時恰も好し、前きに隱伏せる觀察使は、事の再び起らんことを恐れ、今や將に他に移
らんとして、門より出で來れり、田中、內田、左右より迫つて直に其乘轎を要す大原、鈴
木は之と同時に大喝して轎丁を走らしめたり、田中卽ち觀察使に向つて曰く、公何
ぞ、我徒を迫害する斯の如きの甚きに至るや、觀察使曰く、何ぞ其事あらん、內田曰く、
我等危急存亡の際復た多言を要せず、唯だ夫れ發給の公文を得ば足れり、若し不幸
公文の發給を得る能はずんば、乞ふ暫く公の身を擒にし、以て公文に代へん、觀察使
之を聞きて恐懼する者甚し、卽時官童を營に送つて印函を取り來らしめ、直に人夫
出給の公文に捺印し、之を與へて曰く、此の如くにして可なる乎、一同披見、好しと稱
して之を收め、漸く觀察使を放つて之を遣り、悠悠旅舍に歸りて各各萬歲を連呼す、
敵の手答へなきこと斯の如く甚し、龍驤虎鬪の大活劇たる門破りの時機は、夫れ何
の時にか至らん、乞ふ次回に及んで局面上更に大變動を生じ來るを看よ