間道より京軍の本營を窺はんとす
一月後を期し、京城に於て再會の約あり、一行亦何時迄も偸安して淳昌に留るべか
らず、離別の次朝乃ち程を發して間道より全州城に入り以て京軍の動靜を探んと
す間道約十二里、山嶮にして水荒く、道路又凹凸上下、加ふるに盛夏の炎熱は百二十
度に及べり、一行脚步の困難なる、豈に啻に鄧艾が入蜀の苦酸のみならんや、然れど
も山村水郭の間、尙ほ往往にして濁酒を賣るの家あり、一行は漸く酒力を假つて其
膝栗毛に鞭撻するを得、行くこと約七里、日旣に黃昏に達す、而して前路未だ旅舍ある
を發見せざる也、乃ち甜瓜を求めて渴を醫し、勇を皷して更に進み、夜色茫茫の中、遙
に幾點の燈光を認め得て萬歲を唱ふるに至れば、急難忽ち途を要して復た一步を
進むる能はず、一行是に至つて精根漸く盡き、茫然自失して空く河岸に佇む者久し
忽ち見る、一輕船の對岸より離れ、流を亂りて此岸に達する者あり、衆其天與にして
逸すべからざるを稱し、直に進んで船主を捕へ、之をして一行を載せ、强ゐて對岸に
棹し返らしむ、彼れ恐怖の餘り、唯唯として命を奉ず、乃ち流を過ぎて前岸に上れば
山間の荒亭、僅に一馬房あり、衆雀躍して之に投じ、食後快眠曉に至るまで、蚊軍床蟲
の侵擊を知らず