內田の柔術黨軍を震慄す
一日、淳昌の陣中に在つて、俠徒等徒然に堪へず、內田一躍廣庭に下り、黨軍の一勇將
に對し、力を角せんと欲して頗る之を挑む、彼れ內田の年少短軀なるを見て笑つて
應ぜず、內田イラツて益益之に迫る、彼れ乃ち大言して曰く、我れ力、本と五十人に敵
す、此脚一たび公の身に觸れなば、公の命危し、公尙ほ角せんと欲するか、何如と、內田
曰く可なり、我も亦一臂を揮つて君の呼吸を止めん、君乞ふ其時に臨んで驚する勿
れと、彼憤然起立、一喝して直に內田を蹴らんとす、其動作の迅速なる、猶ほ飛燕の空
中に身を轉するが如し、庭上環視の黨員幾百人聲を放つて皆其技の輕妙を稱贊せ
ざるなし、危機今や一瞬人皆內田の骨碎け、肉破れて忽ち地上に倒れ去らんことを
疑ふ、然るに何ぞ圖らん、初鬪未だ終らずして叫聲一番、直に場裏に倒れたる者は、內
田に非ずして却て黨將なり、人其何の故に倒れ何の故に叫びたるを知らず、內田徐
に黨將の傍に寄り、左右の手を以て他の脅下に充て之を壓すること一回、黨將忽ち
蘇活す、內田莞爾として謂て曰く、日人の手竝如何、彼蹙然答へて曰く、公の技は神に
通ず、我が能く及ぶ所に非ずと、此角力あつて以來、黨人の內田を恐るゝこと鬼神の
如きに至れり