全琫準厚く仇敵の家族を保護す
淳昌の郡守李聖烈は、地方官中の俊才にして、曩に京に上り、議を朝廷に獻じて曰く、
對黨政略の要は先づ其黨人の罪を宥免し、利を以て之が歸順を誘ひ、玆に黨軍の股
肱を去り盡し、而て後徐ろに誅を黨魁に加ふるに在り、斯の如くすれば亂源を絶つ
に於て事極めて容易ならんと、李の策する所は當時に在つて誠に無上の政略たり、
幸にして其獻策は採用の榮を得たりければ、京軍は戰鬪の上に於てこそ、屢屢敗績
の跡は見ゆるも、政略の上には却て着着實效を奏して次第に黨軍を南方に窘逐す
るに至れり、嗚呼是れそも誰の敎唆に出でたるぞや、之を思へば黨中の健兒が比來
腕を扼して頻りに慷慨し、必ず李の頭を獲、其三族を赤滅して而る後甘心せんと呼
號するあるも、强ち咎むべきに非ざるなり、然るに全琫準の淳昌の入るや、先づ郡衙
に就て李の妻妾兒女の在る所を確め、直に之を內房に封鎖して守衛の兵を附し、復
た一人の玆に出入するあるを許さず、健兒輩は之が爲に其志を逞うし得ざるを憤
りたるも、終に何如ともするなし、此際全が仇讐の家族を親篤に救護したるは、義軍
首領の襟度を示して餘りありと言ふべき也