三士勅使營を訪ふ
勅使は此時旣に先鋒營より護送されて、黨の本營所在の地たる雲岩洞に入り、市中
の馬房朴氏の家に其宿舍を定む、黨人は倭客の和議を拒まんことを恐れて、特に之
を祕密に附せる也、然れども吾探偵掛は自ら諜して幸に此情を知り、直に三士を導
きて其宿舍に到る、勅使は日本豪傑の自ら駕を抂げて訪ひ來りたるを聞き、倉皇と
して出でゝ之を迎ヘ、更に新房を開き酒肴を調ヘて饗應頗る力め、一意其歡心を得
んと欲するものゝ如く、滿顔頻りに喜色を浮ぶ、其人姓は宋氏、官は軍司馬、天資快活
にして能く談じ、能く笑ひ、且つ話頭の我帝國に及ぶ每に、國風民俗を稱楊して措か
ず、風貌大に他の韓人と趣を異にして、優に外交家的資格と、材幹機智とを具へたる
を見る、此サラミ決して食ヘ易きサラミにあらず、去れど三士は其官職の甚だ低き
を聞きて直に他が國家の大事を委任せらるべき勅使に非るを察し、且つ一般黨人
の輕輕事を處して、京軍の爲めに欺かるゝあらんことを憂ひ、談未だ闌なるに至ら
ずして、遽かに舌鋒を收め、辭謝一番、乘轎を急がして、其營に還り去る