西面軍の進退
大將千葉久之助、副將大久保肇、俱に是れ沈勇の士、千葉は特に用兵の術に老す、乃ち
擇んで西面の强敵に當らしめたる者、於是乎二人は韓將崔安の二氏、及び兵一百人
を率ゐ、曉霧を冒して白山里を飛過し、午前五時進んで防築峴の要害を占領せんと
す、不幸にして潭陽の京軍、五分前旣に峴上に占據し、專ら天嶮を賴んで邀擊の設備
を速成せるを見る、我豫定の計畫は玆に先づ第一着を誤りたり、千葉大久保恨悔禁
ぜず、憤激の餘、終に自ら刀を拔きて前頭に立ち、衆兵魚串之に從つて坂路を攀登し、
力攻して强ひて攻め破らんと欲し、大に苦鬪す、敵兵下瞰、木石を投ち彈丸を直射し、
頑强に抗抵すること多時、容易に其嶮を奪ふべからず、千葉憤悔措く能はず、益益苦鬪
して敵に當る、我兵之が爲めに傷くもの殆ど算なし、而して遊擊軍の動靜未だ測り
知るべからず、千葉終に事の爲すべからざるを察し、心ならずも背進の令を傳へ、死
を決して白山里に據守す