全總督と正式の初對面
全總督は俠徒の坐に着せるを見るや、自來訪して初對面の禮を致す、酒肴は又も饗
せられたり、大醉快談の間、一行は各自名字を連署して之を全琫準の前に通ず、全は
一行の服裝區區にして毫も一定の觀あらざるを見、甚だ之を怪み、孰て問ふ所あり、
蓋し全の意、服裝を以て位階を分つ所以ならんと信ぜる者の如し、一行之に對へ▣
曰く、萬里の客地更衣極めて難し、我徒の服色個個相違せる、之が爲めのみ、蓋し亦已
を得ざるに出るなりと、當時一行の服裝を見れば、曰下は雷神打鼓の摸樣を染めし
浴衣を着け、田中は朝鮮袴、支那胴着、日本羽織、三國の折衷服を用ゐ、武田內田は純洋
服、鈴木は純日本、吉倉は錦衣紫袴にして烏帽子を着し、時澤は士官の略服に、胸上勳
章を輝かし、各人各色、奇裝奇冠、異邦人の目より之を見れば殆んど百鬼夜行の感あ
るを免れざる也、旣にして全は一行の携帶せる武器の精銳にして、佩劍の明煌煌た
るを見、大に驚いて曰く、久く聞く日本刀は是れ天下の精銳たりと、今親く之を見る
に及んで人言の我を欺かざるを知る、嗚呼此一事恐くは區區貧弱の鄙邦、終に貴國
と天下に竝立して、東洋の大局を維持するの任に耐えざらん乎、甚だ憾む可き也と、
長嘆して大息す、彼が愛國至高の熱情は物に觸れ、事に接して時時橫溢すること斯
の如し、此日會談は單に東學の事情を問究するに止め、未だ毫も邦國經倫の快事に
涉らず、十時全琫準辭して其營に還る