三士自若として示威軍前を過ぐ
郡衙は漸く二三百步の外に見ゆ、現はれたり卽ち東徒本營の置かれたる處、然るに
玆に達せんとする一條の行道は其幅六七尺、左右兩側共に一列の兵士を配置し、而
して其配置せる限りの兵士數百名は渾て皆長槍を橫へて立てり、守衛と云はゞ卽
ち守衛、警備と云はゞ卽ち警備なれども、畢竟其の眞意は日本人たる我三士に對す
る示威運動に在る可し、然らずんば何ぞ此業業しき多人數の配列を要せんや、思ふ
に彼徒は之を以て日人の心膽如何を試みんと欲せしならん、然れども三士は之に
一瞥見を與へたるまゝ、脅目も振らず、泰然として其問を除行し去れり、彼徒も亦案
內者の金普賢なるが故に、殊更之を誰何せんとはせざりき、斯くして少しく步武を
進めたる後、漸く其中軍とも覺しき陣營の門前に至れり、門には正門あり、左右に小
門あり、而して其正門は少刻前、嚴に之を閉鎖したるものゝ如し、是に於て乎金は進
んで其左側の小門より入り、三士を麾きて其背後に追隨し來らんことを勸む然れ
ども三士は頭を振つて之に應ぜず、大聲呼んで正門を開かんことを求めたり、此一
刹那、第二の示威は復た俄然として施されぬ、門內幾個の兵士は其舊式砲に導火し
て轟然一發、尨大の砲丸は天落ち地裂くる底の烈響を帶びて、門頭より何處ともな
く闇を衝て飛び去れり、三士尙ほ神色自若正門を叩いて止まず、是に於て前の案內
者たる金は、已む無く門衛に命じて其正門を開けり、三士乃ち入て當面の殿上に向
つて進む