入黨全權使の選定
使命に附して東徙
を欺き誘ふの僞計たりとせんも、此の所は一番男兒が死を賭して以て幡隨院的骨
頭を發揮すべき所なり、況んや熱風火雨旣に十數日蟲床蠅飯の間、幾多の艱難に耐
へて數十里の山河を跋涉し來りたるは、實に唯今日の邂逅あるを期せるが爲めの
み、大丈夫の死する豈に二あらんや、大義を抱きて大義の爲めに斃る、其死は卽ち無
上名譽の死なり、是に於て乎一行皆爭ふて直ちに東徒の陣門に走らんとす、然れど
も大事を爲す者は其劈頭に方つて暫く當に愼重の態度に出でざる可らず、未だ志
を得ざる者は忍耐せよ、將に志を得んとする者は大膽不敵なれ、是れ豈に俠徒今日
の場合に對する名訓にあらずや、一行は其の過去數年間、海外の舞臺に活動せる折
衝禦侮の經驗に依つて能く金言應用の眞諦を解するもの、乃ち驀然として心を飜
へし、相議して武田田中吉倉の三人を入黨全權使に選定し、以て先づ黨陣巨細の內
情を偵察せしめんとす