府使衙門に兩士官人を說破す
話端は爰に開かれたり、次官は嚴然威儀を正し、詰るが如く、問ふて曰く、公等此猛暑
に當り特に長路の征行を試み、而して錦旗を樹て、兵仗を提ふ、抑も何の意ぞ。二人
莞爾として應へて云ふ、他なし吾徒の來る唯東徒の事を知らんが爲め也、其兵仗を
提ふるは戰地出入の危嶮あるに依る、錦旗に至つては同行人旣に多し、之が紀律を
正し、紛亂を防ぐの具として其必要なくんばあらず。次官更に問ふて曰く、來意旣
に之を聞く、然らば則ち從者多きの理由は如何、二人答へて曰く、吾徒旣に危を踏み
險を冒すの意あり、人多からずんば如何ぞ能く相救ふを得んやと。彼是に於て其
話頭を轉じて曰く、淸皇義の爲めに我に大軍を送り以て我東徒の亂を鎭せんとせ
しは。是れ曩日の事に屬す、今や東徒旣に四散して、淸兵亦其鄕國に還らんとするの
京報あり、我府使の如き則ち前きに淸兵に供するの糧食徵集の任を中央政府より
受けたるが、今日事定るに及んで其令亦旣に取消されたり、然るに頃日貴邦は其大
兵を我國內に送遣し、現に京畿の地に之を屯駐せしむと聞く、是れ實に我國民の驚
動を來すの憂ありて、而して隣誼を損ずるもの夥し、貴邦政府、何が爲めに此の不要
の擧を爲して特更ら人の狐疑を惹き起すを辭せざるや、且公等口先づ東徒の情を
知らんと稱す、然るに東徒は旣に離散して四方に赴けり。公等夫れ何に依つて知
情の意を達せんとするかと、次官曲辨詭論、辭を悉して一行の進行を遮り、之をして
釜山に歸り去らしめんと欲するものに似たり、其外交術に巧妙なる、到底我地方官
中に見るを得べからず否外務の當局者と雖も、恐く彼に匹似するもの極めて稀な
るべし、然れども二人は容易に彼が術中に欺瞞せらるゝものにあらず、鈴木は乃ち
東亞の現狀と朝鮮の關係と、世界の大勢とを較論し、以て彼を警省する所あらしめ
んとせり、去れど自個と自國との存在を知つて、世界或は東方の如何なるかを知ら
ざる韓官輩焉んぞ此忠言を解得するを得ん、唯御丁寧の挨拶、恐れ入つたれど、左樣
の事は孔孟の經書中一向之を發見せずと云ふ顔色なり。於是吉倉は淸皇そも何
の義かある、淸國何の恩かある、寧ろ日本帝國が四隣の豺狼に對して、絶へず朝鮮を
保護し居るの恩を思へ、日本無くんば朝鮮が亡國の數に入りたるは年旣に久しか
らんと、其歷史に就き、地理に就き、形勢を分明にして適切に論究し、以て面前淸國の
野心を發き、其依賴すべき所を悟らしめんと力めたり、彼れ是に至つて漸く自覺す
る所あるものゝ如く、話中屢屢多謝感拜の語を漏すを聞けり