柳堤瓜を割つて濁酒を酌む
暑威益益猛烈、一行の運步或は急速なるあり、或は遲緩なるあり、先鋒と殿後と終に
相去るもの約半里。此に至つて行陣復た隊形を成さず、三三伍伍相携へて去る所流
汗皆瀧の如し。旣にして當面一長壘壁の蜿延して原頭に橫はるを見る、文祿の征
韓に名ありし南原城とは卽ち是なるべし城外五町許の此方、路の左傍に柳揚鬱生
して長堤を爲す所あり。柳陰韓客の涼を納るゝもの極めて多く、三四の田夫あり
其の間に往還して頻りに舐瓜を鬻ぐ、堤の一隅には又一草亭あり、一個の野婦、アン
ベラの上に安坐して行客の爲めに濁酒を賣る、觀來れば宛ら是れ水滸傳中顧三孃
野店の光景なり。前頭の吉倉日下等欣然として腰を此堤上に下ろし、且つ瓜を求
め、且つ酒を呼び、且左右の韓客と談笑して道內の事情を探り、竟には肱を曲げて橫
臥し、午眠を貪りつゝ後者の到るを俟つ。內田、田中、鈴木、大原等、暫くして相前後し
て來り集り、皆好涼處を得たるを悅び、ヤガテ瓜商を見るに及んで、爭ふて其瓜▣割
かしめ、次で酒旗を認るや、忽ち少婦の邊に蟻集して、餘念なく數盃を連飮す、渴中の
野瓜野酒は天下の美味も亦之に及ばず、一行は是に至つて殆ど曩きの苦熱を忘却
したるものゝ如し