病者小便を呑む
女院峴を下り盡きて、路は次第に廣原漠漠の間に入り來る、見渡す限りの原頭、唯灌
木と雜草の生ひ茂るあるのみ、綠陰なく、流水なく、而して天日獨り赫赫として炎威
當るべからず、一行苦熱の聲を漏すもの多し、路畔に一茅屋あり、乃ち小憩して暫く
汗を拭はんとす、房內病夫あり、寡婦を呼んで、藥を持ち來らしむ、一行戲れに其藥な
る者を檢すれば、何ぞ圖らん是れ人の排泄物たる小便ならんとは、一行驚きて其の
服用すべからざるを諭し、更に病症を聞きて之に相當の醫藥を投與す。病者一行の
惠與を受けて、頻りに感謝の意を表し、且つ曰く我朝鮮、古來誠に醫藥に乏し、故に病
種に依つては時に五歲以下の少年の小便を服し、平生丁重に之を保存するの風あ
り獨り下民のみ然るにあらず、宮中に於ても亦斯の如し、然るに貴邦に在つては、實
に東方神仙國の名に悖らずして藥草滿山滿野、竟に秦の徐福をして不老不死の靈
藥を求めしむるに至る、竊かに羨望の情に耐へざる也と、一行聞き來つて莞爾とし
て一笑し、漸くにして身を起して茅屋より步み去る