水村鯉を獲て大に食ふ
此日大原屢屢馬上より墜落しで衆人の哄笑を博するもの多し、蓋し彼れ本來甚だ
御馬の術に馴れず、而るに騎行遲緩に過ぎて惰氣自ら其間に生じ、無闇に鞍頭の
睡眠を貪りたる結果、傾斜面に至る每に此失策を演ずる也、彼終に馬を捨てゝ徒步
隊に加はる。旣にして日の黃昏に近づける頃一渡場に達す、渡場を超ゆれば直ち
に一荒驛あり、衆乃ち此處に宿泊するに決し、數人は出でゝ河濱に走り、晩餐の佳肴
を獲んが爲に爆藥を水中に裝沈せんとす、裝沈旣に全ふし、仍て機を見導火一番す
れば、河水の空に飜騰するもの殆んど一丈餘、鯉魚鮒魚の類、浮沈して忽ち波間に漂
ふもの無數、衆快と稱して悉く之を收拾し、籠に投じて客舍に提へ返り、或は燒き或
は鱠にし先を爭ふて狼呑馬食、以て數日來の胃慾を充たせり、蓋し後程の膳羞、粗惡
ならざれば、腐臭鼻を衝き、一も一行の口に適したるもの莫かりしに依る、而して此
夜は此の如き臨時の出來事の爲めに深更に至つて漸く寢に就けり