南江渡頭の風光
去らぬだに半日餘の活劇は、旣に一行の疲勞を覺へしむるもの多し、而して天を仰
げば赫赫たる太陽の炎威當るべからず、俯して地に面すれば、熱砂眼に反射して百
臭鼻を衝く、風候の大敵が一行に仇することは、砲刃の敵よりも恐るべきもの數段
の上に在り、晉州城下を踐蹂したる流石の豪傑も、行路の難艱に對しては、聊か避易
の色なき能はず。去れど、精神上の勢力嚴として尙ほ其體內に存留すれば、物質上
の作用は、之に向て十分の猛威を逞ふするに至らざる也、一同の覇氣豈に容易に衰
へんや。旣にして南江の濱に達す、渡場柳樹の下、船を艤して行客を待つものあり
各各一躍して乃ち之に投ず、船旣に中流に出づれば、水天悠悠として白鷗波に眠り
兩岸の樹色、杏杏烟の如く、一脈の涼風、遙かに其間より來り、又刻前の暑苦を思はず
於是舟子は棹を手にして、朗朗江山曲を高歌し、一行は劍に仗り、遠く晉州の城樓を
睨んで長嘯す、舟歌將に佳境に入らんとするの時、船は早く對岸堤下、酒旗飜飜た
る處に至つて止る、各各乃ち酒幕に入り、濁酒數酌、微醉を帶びて之を出で、馬上高吟
快快然として又棉圃の間を走り去る