悠悠然として晉州城を去る
城民は爆聲に驚きて旣に堤上より匍匐して走れり、兵使の命に從ふて發砲せる城
上の營兵も亦之と共に其發砲を止めて何れにか遁れ去れり、兵旣に散じて兵使も
亦深殿に影を潛めたり、城中は今や寂然として人無きか如し、唯壘頭飜飜たる大旗
の下、幾個の鳥鵲が餌を求めて處處に飛び交ふあるを見るのみ。俠徒の一行は於
是十分其示威の目的を達したるを知れり、乃ち復た馬夫を招きて馬を勒し、前後二
條の錦旗を飜へし、十一名列を整ふとを前の如く、鞭を揚げて直ちに城門に向ひ、一
蹶して之を破ぶり過ぎんとす、然れども城中の弱兵は疑心暗鬼の中豫め其門を
嚴閉して去れり、今之を破壞せんとすれば復たダイナマイトの力を要す可し、而し
て力を濫用し時を妄費するの極は、武を瀆すに至るの恐れ無んばあらず、是れ兵家
の平生深く戒むべき所、一行乃ち其態度を愼重にし、肅肅然轡を連ねて長壘の外廓
を一周し、普く敵兵の有無を踏査し了り、其追擊の實力なきを確むるに及んで、馬頭
を轉じて再び市中に入り大街小街數十の間を輕驅して平平然市民の動靜を探悉
し、終に西北全羅路を指して晉州城下を出づ