原頭の小鬪
微雨は漸く晴れて、日光は輝輝たり、山頂の小亭に長憩せる一行の士は思ひ思ひに
亭より出でゝ山坂を下り去る。前程は連山の間に狹まれる一小原たり、細川一條、
長蛇の如く原に從ふて流れ走る、白水長髓彦は最も先頭に立つて進み、內田大原二
三の人は中堅に在て步み、鈴木、千葉、田中等は運脚最も遲遲として自ら一行の後陣
たるものゝ如し。先頭の白水は衆に離るゝこと最も遠く、山に沿ふて折れ、橋を渡
つて一村に入り、愈愈其步力を早め、適宜の地に就きて客舍を撰ばんと欲して走る。
▣村端人あり、白水の後影を望み、倭奴何に行くやと連呼す。白水一顧、大に其無禮
を怒り步を轉じて之に迫り、彼が失言を謝せしめんと欲す、然れども彼れ益益痛罵
して已まず、大原後れて到り背後より腕を伸して之を捕へ、流を臨んで之を擲つ、彼
が身陷つて忽ち水中に在り、又石を拾ひ頻に他に向つて之を投ぜんとす、白水大原
平然微笑して去る。內田偶偶此處を過ぎ、圖らず其礫に當られ額上微傷を負ふ、村
中の老若望み見て笑聲交交起り、倭奴の澁面を見ずやと嘲る。內田年少氣銳、怒髮
忽ち冠を衝て上り、刀鞘を以て水中の人を撲つ、鞘破れて刀身手に在り、水中の人、額
上血逬り、一叫して斃れ死す。傍觀の村民是に至つて囂囂聲をなし、東西に馳り、南
北に驅け、群議して讎を一行に復せんとするの形勢あり、一行亦相謀つて曰ふ我黨
未だ目的の地に達するに至らず、中途事を生じて大事の障害を來すは其志に非る
なり宜く爆裂の巨響を利用し、戰はずして愚民を走らすべしと乃ち岩壁に就て俄
かに裝藥する所あり、導火一番、轟然聲を爲し、一鄕をして寂然慴伏せしむ、後顧の患
旣に之を絶てり、一行は又程を急ぎ、揚揚然として招月鄕に到り宿す