爆彈の試驗
朝旣に八時、急裝して起たざるべからず、而して馱馬は終に意の如く集め能はざる
なり、一行意を決して客舍を出づ、此日朝來微雨あり、却つて夏日の炎威を減じ、脚力
甚だ加はる、旣にして一急坂を上る、頂に達するに及んで議して曰く、昨夜得たる所
の火藥類、其效力の有無、未だ知るべからず、此山谷幸に人烟なし、乞ふ試みに導火し
て高所より之を投入せん乎、衆皆異議なし、內田乃ち導火の任に當り、他は悉く圍繞
して之を望觀す、山谷深さ數十尋、岩壁聳立して眼界一木の遮るもの無し、內田漸く
にして彈を投ずれば爆然たる一聲、谷底より起つて連山の間に反響し、天柱折け、地
軸裂くるの思あり、仍ち俯して其破裂の跡を眺むれば、岩塊潰滅し、嶂壁崩壞し、慘然
たる光景一として彈藥の威力を證せざるは無く、前途其大に賴むべきを信ずるを
得たり、是に於て衆の發したる萬歲の聲は爆裂の餘響と相反應して、靜寥なる天地
に又も山彦を轟かすに至る