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1차 사료

사람이 하늘이 되고 하늘이 사람이 되는 살맛나는 세상
  • 기사명
    明治27年 6月 19日
  • 이미지
    prd_0133_064 ~ prd_0133_068 (452 ~ 456쪽) 이미지
  • 날짜
    음력 1894년 05월 16일
일러두기

6月19日
●釜山特報 (六月十日發)

▲外務督辨趙秉稷 五月卅一日賀を國王の
前に述べ(玉均を刑し逆を討ぜし爲めの慶
賀)退朝の後直ちに電報局に馳せ此處にて
夜を明し六月一日も尙ほ留りて家に歸らず
是れ身の電報局總辨たるを以て南道より到
着の諸電を▣▣し入つて殿下に上奏せん爲 めなり

▲營城陷落の證 五月三十一日未刻全州監
司よりの電報に曰く賊城下に逼まりしを以
て男女老少一意逃避を企▣て營中空寂事勢
大に切逼したり此後若し電報なくんば是れ
卽ち營城陷落の▣と察せられたしと然るに
自後一電報の同府より來るなく京より度度
發電するも何の應もなし是に於て全州の已
に失へるを知る

▲吏民學の三黨 南道の擾亂初▣は民より
起りたるものなるも終に吏民合體となりた
る所守宰は之を稱するに東學人を以てす東
學人聞て驚懼し遂に又吏民學三黨の勢を合
することとなれり其中吏擾を尤も恐るべしと
云ふ卽ち其最も謀多くして事に通じ山川
道路の形勢嶮易は因より府庫錢穀の多少に
至るまで熟知せざる所なきが爲めなり

▲國王の祕計 討招使輕進して前後に敵を
受け軍の掛引通信等凡て自由ならず空しく
靈光郡に滯留して勢孤力窮極めて憐むべし
國王乃ち密かに輪船一艘を靈光に祕送し招
討使をして卒然全州の北に下り隔たらしむ
此事祕密中の祕密にして閔惠堂さへ毫も與
り知らずと云ふ

▲巡邊使の暇乞 兩湖巡邊使李元會出張
の命を奉じたるにより五月卅一日謁見▣暇
乞の際國王の敎諭同人の奏對ありたり乃ち
次の如し 巡邊使謁見榻前に俯伏す(上)閫
以外八將軍之を制し卿須からく自から任ず
べし(巡)臣の齒今七十に滿てり而して意は
ざりき臣に授くるに重任を以てせられんと
は臣本と才なく能なし且つ古語に曰く老將
用なしと臣何んぞ敢て此重任に當んや(上)
卿の重望予素より飽聞せり卿須らく裁諒す
べし(巡)敢て當らず且つ曰く臣の此行只處
分を奉じて之を行ふのみならば將た何事を 以て處分せんやと上默然久ふして曰く自か
ら之に任ずる可なり(巡)對へて曰く然らず
別に處分あるの後以て奉承すべしとの意を
再三仰達せり、上又默然悅ばざるもの之を
久ふす只意に任かせ變通せよとの意を以て
下敎ありたり、巡唯唯として退く

▲李元會の爲人 巡邊使李元會は甲申の
當時日本黨の一人として名聲太だ高かりし
もの特に其時朝鮮兵式を日本風に變更した
る主張者なるが其息李秉承と云ふも朝鮮官
人中には非常の俊物此人當時我釜山居留地
を去ること三里の地永營の水使となり居れり

▲馬山浦 は釜山居留地より十四里にて我
間行規程內に在り慶尙道轉運使鄭秉夏が滯
在し居る地なるが昨今の風說にては此處も
亦東學黨の襲擊したる咸陽、晉州、昌原等
(皆慶尙道)已に東徒の攻擊を受けたる報あ
れば馬山浦は丁度其道順にもあり侵された
ること或は事實ならん

●本邦の行商晉州兵使を叱責す

本邦より商業の爲め朝鮮晉州領內へ赴き居
る一人の行商ありけるが或日晉州を去る三
里計りの地に行商せんとやがて其村端まで
到り路傍の石に▣打ち懸け煙草燻らしつゝ
四方の景色に心を▣はれ憩ひ居たりしに其
處へ東學黨征伐の爲めとて晉州兵使五百人
計の兵卒を從へ馬上悠悠威勢能く通り掛り
けるが不▣路傍の行商を見付け無禮者引捕
へよと下知せしかば四五人の兵卒應と答へ
て此方へ飛來り今や將に我行商を捕へんと
せり時に我行商に隨ひ居たる一人のチヨン
ガー此有樣に痛く驚き一聲高く叫んでいふ
「暫し待れよ此方は朝鮮服こそ身に纏へ其
實は日本人にておはするぞ粗忽のことして後
悔すな」とチヨンガーが日本人なりとの一
言に意氣捲き高く驅來し兵士も躊躇し少し 後すざりして見けるが馬上の大將は大音揚
「ナニ日本人とな然らば帽子を取除け見よ
眞僞は立ろに判明せん」と二度の號令に兵
卒は又もや步を進め驅け寄て帽子を刎飛ば
せしに疑ひもなく伊賀栗頭に其日本人たる
ことを▣▣しければ▣は失策せりと思ふ內其
男は▣▣らげ「ヤレ待たれよ馬上の▣大將
暫し轡を留めてよ我れ汝に物▣すことこそあ
り」と兵使の前に立ち塞がり徐ろに挑み掛
けて曰く我之れを聞く貴國は最も禮義に厚
き國なりと然るに大將今無禮を我れに加ふ
ること此の如し且つ貴國人民は我邦人を呼ぶ
に倭奴の名を以てし常に內地旅行者を辱し
む大將知らずや世界今日の形勢は決して昔
日の比に非らざるを歐米各國就中露西亞の
如き特に狼心虎情を逞ふし隙あらば直ち
に呑噬の慾に飽かんとす若し夫れ區區末節
の爲め兩國民の感情を害さんか東洋の局面
は愈愈殆からんとするぞかし實に我邦と貴
國とは唇齒輔車の關係を有しぬ大將それ此
に反省せよと或は我邦の武力を示し或は宇
內の形勢を說き諄諄交誼の厚からざるべか
らざる理を論ぜしかば晉州兵使は只だ默然
たるのみ耳を聳てゝ行商の議論を感聽し居
たるが稍稍在つてハタと鞍を打ち喟然とし
て嘆じて云ふ嗚呼我れ過てり謹で公に謝す
公の云ふ處誠に理あり我れ征討地より歸城
の上は必らず當に公の言に依て施設する處
あるべし只だ今日は日旣に傾きぬ請ふ我が 陣營に來て通夜杯を交さん快男子豈に伴ひ
來らざるやと然れども行商には他に已み難
き所用ありしを以て其厚誼を謝し懇に再會
を期して辭し去れりと行商なる者抑も誰ぞ

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